チェコがまだチェコスロバキアだった頃からプラハに憧れ、いつか行ってみ
たいなと思っていました。2年半前メール同窓会が始まって、懐かしいクラスメ ートとメールで話ができるようになり、井筒さんと何度もメール交 換するうちに、
私の中でどんどんプラハが近くなってきました。そして、昨年秋のクラス会では、「5月に行くからね!」と約束。私のけがで少し遅れましたが、約束通り会いに行くことができました。
プラハに着いたのは9月26日(金)夜9時を過ぎていました。機内の小さな窓から見た夜景は素晴らしく、想像していた以上に大きな街でした。
空港からホテルに向かうタクシーから街を見ていると、まだ夜10時すぎなのに、中心街でも人通りがまばらでした。なんて静かなんだろう。想像していた都会の喧騒はありませんでした。
翌朝、裕子さんは約1時間かけて、ホテルまで迎えに来てくださいました。彼女の電撃的な国際結婚の話は、クラス会の時に聞いて、彼女の大胆さ、勇気、行動力に感動しました。20数年間チェコで生活されて、いろいろご苦労されたでしょうし、言葉の上ではたいへんな努力をされたことでしょ
う。彼女はふだんチェコ語、日本語、英語で生活されています。ご主人とはチェコ語で、お子さんとは日本語で、職場では日本語、チェコ語そして英語を少し。関西弁しか話せない私から見るとめちゃくちゃカッコイイ!「私はいくら努力してもチェコ人にはなれない。日本語で自分の気持ちを話すのが一番自然。」という裕子さんの言葉が印象的でした。
途中で彼女の息子さんも合流。とてもハンサムで、日本語を流暢に話されます。一緒にお昼ご飯を食べようということになり、彼がストランを選んでくれました。私の希望で、チェコの代表的な料理、グラーシュ(シチューのようなもの)とクネドリーキ(蒸しパンみたいですが茹でてあります)を注文。ウーン、辛い!残してしまいました。
私は息子と一緒に来ていたので、昼食後、若者は若者どうしで別行動。裕子さんと私はモーツァルト記念館へ。裕子さんはガイドの資格を
持っていらっしゃいますので案内していただきました。街の中の移動はトラム(市電)と徒歩。トラムはとても便利なのですが、私にとっては路線がわかりにくく、翌日からはわかりやすい地下鉄を利用しました。
最近できたショッピングモールの中をサーッと歩いてみました。若い人たちのファッションは、とくに女性の場合、世界中同じような傾向だと感じます。そして私達の話題は娘の服装のこと、息子の大学生活のことなどいろいろ
な心配事へ。どこに住んでいても、子どもの心配は同じようなことなんだなあと感じました。
ずっと歩き続けて、話し続けて、少し疲れたので、カフェに入って休憩。
プラハは寒いだろうと思って冬のジャケットを用意しましたが、とてもいいお天気に恵まれ、日中はTシャツ1枚ですごしました。朝10時過ぎから夕
方6時過ぎまで、まる一日おつきあいくださった裕子さん、いろいろなことを話せて嬉しかったです。また、日本でお会いしましょう。何度か振り返って手をふっ
てくれる裕子さん。私も彼女の姿が見えなくなるまで見送りました。
進藤ちとせ